歴史小説家の植松三土里さんが、あるエッセイの中で「次の小説の題材を集めるために必要な本を探すとき、感性を研ぎすまして図書館の本棚に向かう。すると、不思議なことに、膨大な本の中から必要な本にピタリと出会う」というようなことを書かれていたのがすごく印象的でした。
だからその日私は、何か読む本を買おうと、広い本屋さんの中で、自分のアンテナがキャッチする本を探してみました。シンプルに、惹かれた本を一冊買おう。たぶん、それが、今の私に必要な本。
普段あまり見ない外国の単行本コーナーに行ったのも珍しかったのですが、そこで手に取ったのがこちら。アメリカに住むイギリスのコラムニスト、デボラ・マッキンリーの二作目の長編小説「パリで待ち合わせ」。
アメリカに住むベストセラー作家ジャックのもとに届く1通のファンレターから始まるお話。送り主は、イギリスの田舎に住むイヴという女性。イヴからのファンレターは「完熟の桃を食べる登場人物の描写が素晴らしく、その描写を読むことで雨模様のイギリスにひととき夏が訪れました」という詩的な表現。その表現に惹かれたか、ジャックが返信を送るところから、なんとなく二人の文通が始まります。
今の時代に「文通」です。メールじゃなくて。SNSでコメントを交わし合うわけでもなく。
手紙をやり取りする中で、二人には「料理」という共通点があり、二人とも、旬の食材を使って丁寧に食に向かっているところから、意気投合。次第に、料理以外の話もするようになり、心を通わせて行きます。
そうはいっても全て、手紙です。原題は、”That Part was True”。直訳すると「その部分は本当だ」。そのとおり、手紙で見せている気持ちや書いている内容、そこに嘘はない。
しかし実は、ジャックは、ベストセラー作家という華やかな肩書とはウラハラに、2度目の結婚の離婚話が進行中の49歳。作品も文学的には満足しておらず、ヒットを飛ばしながらもジレンマと焦りにさいなまれている。
一方イヴは、お手伝いさんがいる広い屋敷に住み生活に不自由はしていないものの、若い頃の短い結婚期間に生まれた27歳の娘とうまくいかない46歳。強引な母親のもと抑圧され生きてきたため自分に自信がなく、人が集まるところに行くとパニックになるという問題も抱えている。
傍から見れば、二人とも、恵まれている立場でしょう。でも、本人にしか分からない苦しみや悩みがある。そしてその心のうちを、近い人には話せなくても、少し遠い人になら、素直に明かすことができ、互いに思いやれる場合があります。ジャックとイヴは、まさにそういう関係になっていきます。普段の生活に必ずしも必要な存在ではない。でも、自分の心を立て直し、保つには必要な存在。時に、家族や親友にも言えないようなことを打ち明け合う関係。”親友”と言えるのでしょうか。でも、会ったことがない。
そして、ついに、ジャックが賭けに出ます。
「一度会いませんか。たとえばどうだろう。イギリスでもアメリカでもなく —パリで。二、三日滞在しておいしいものを食べましょう。」
ジャックがその提案をしてからも、それぞれの暮らしは営まれ、文通が始まる前からの問題が片付いたり、新たな問題が起こったり。日常的な面倒くさいことは言わずとも、文通の中で料理のレシピを教え合ったり作ったものを送りあったりする傍ら、それぞれが心に抱える苦悩を告白したり。
そんな日々を送りながら、着々と、ジャックが提案したパリで会う日に向かって行きます。
さあ、そして当日、ジャックとイヴは、パリで会うのでしょうか??
そこは、ネタバレになるから書きません(*^^*)
そして。冒頭に書いた、植松三土里さんが言った通りに、たしかにその時の私に必要な本でした。
イヴの言葉とジャックの言葉が、ズシンと響いたから。
イブの言葉
かけがえのない友と言ってもいいが、つながり自体ははかないものだ。
確固たるものなど実際には何もなかった・・・。とるに足りないことだ。家族と比べれば。愛と比べれば。
ジャックの言葉
そう。幸せになるには人それぞれレシピがあるのです。そしてそのレシピは、自分で見つけるものだし、自分でアレンジするもの。そして、人生に起こることはスパイス。スパイスをどう生かすか。どう、豊かな香りで美味しい人生にするのかは、自分次第なんですね♬
良い本です。
料理の描写も素晴らしく、書かれている料理を作りたくなります。最近スパイスにはまっているので、出てくる料理に使われるスパイスにも興味津々(*´ω`*) 料理×文通×読書×大人の恋のハーモニーもまたこの本の魅力。
そしてそれから!最後の最後が秀逸です(*^^*)
なんてスマートな作家とファンの関係なんでしょう。そこを読むだけでも、心の中をスキっとしたハーブが香るような爽やかな風が吹き抜けること間違いなし。オススメです。